ある森の中に、小さな家があった。誰も知らない道を抜けたところにある、赤い屋根の家だ。 朝日が昼に昇りかかった頃、窓から少女が顔を出した。閉じかけの眼をこすって、重たい体を起こしている。日が高くなりつつあることを確認するが、また枕に頭を預けた。 ちょうどその時、ドアが2回、優しくノックされた。 「Еля(エーリャ)、もう11時になってしまうよ」 若い男の声が扉の向こうから聞こえる。Еляと呼ばれた少女は返事をしない。 しばらくの沈黙があって、ドアが開いた。立っていたのは金髪の青年だった。いや、青年である、とはっきり断言はできない。彼の顔は白い仮面で覆われており、その面の中心には閉じた目のようなシンボルが書かれているだけだったからだ。 彼はベッドの側にしゃがんでЕляの茶色の髪を撫でた。 「Еля、ごはん食べよう?」 「……オムレツはある?」 「作ろう。塩と砂糖、どちらがいい?」 「しょっぱいのがいい」 「わかった。今すぐやろう。さあ起きて」 Еляがようやく顔を上げた。青年が(唇はないのに)Еляの頬にキスをすると、Еляは青年の首にそれを返した。首の後ろに手を回し、青年も同じようにЕляの背中と小さな頭にそっと大きな手をかぶせてぎゅうっと抱きしめた。 Еляが寝間着から着替えて自室から出ていくと、朝食は既にできあがっていた。食卓にはパンとスープ、オムレツ、やわらかく焼かれたベーコン、ぬるくなったお茶が並んでいる。 「まだ髪の毛にくしをいれてないでしょう」 「早く来ようと思ったの」 「そう言っていつも忘れてしまうだろう」 青年はエプロンを外し、洗面所に向かった。洗面台の横の棚からブラシを手に取る。リビングに戻る途中の廊下の壁にかけてあるホワイトボードに、「仕事~17:00ごろ」と書き込む。ついでにかすれていた文字を一旦消し「Тоня(とーにゃ)」と書き直した。彼の名前だ。 リビングに戻ってきたとき、Еляはまだ1つめのパンを口に含んでいるところだった。その後ろに回り、長い髪をとかす。Еляは心底食べづらそうにしたが、大人しく髪を整えられていた。 朝食をある程度摂っているのを確認したТоняは、しばらくして外出の準備を始める。必要最低限の物だけ入れた小さな鞄を手にさげて、薄い春物のコートを羽織る。その様子を見て、Еляは食事をやめてТоняの後についていく。玄関まで来ると靴紐をしっかり締めたТоняがいったん鞄を置き、心配そうにЕляを抱きしめる。 「行ってくるからね」 「うん」 「すぐに帰るよ」 「うん」 「コンロを使うときは……」 「わかってるってば」 納得いくまでЕляの背中を撫でたあと、またお互い頬と首にキスをする。Тоняは名残惜しそうに鞄を持ち、扉を開けた。 「いってらっしゃい、にいに」 「行ってきます」
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