すっかり深くなった暗い月の夜、冷えた廊下をパジャマ姿のЕля(エーリャ)が歩いていた。フローリングの上を裸足でペタペタ進み、唯一電気がついている部屋へ向かう。
開けっぱなしの入り口のふちに手をかけて、寝ぼけ眼をこする。部屋の主のТоня(トーニャ)は、パソコンに向かって仕事のメールを作っている最中だった。
「Еля、目が覚めたのかい?」
「うん、のどかわいてね」
Тоняはメールを閉じて、Еляを抱き上げ膝の上に乗せる。月のわずかな光がほんの少しカーテンの裏から隠れているのをじいっと眺めて、それから、Еляの頭を撫で、手を握る。
「にいにはお仕事をしてたの?」
「そうだよ。眠れなくてね。何もしないのも暇だから、有意義なことをしようと思って……」
Еляの小さな手を撫でる。振り向いていた首が痛くなってきて、Еляは顔を前に戻した。
「にいに、お仕事大変?」
「大変だけど、Еляのためだから何ともないよ」
「いつも、お仕事してくれてありがとね」
「いいえ、Еляもいつも家事をしてくれているだろう。おこづかいももらわなくなって」
「だって、にいにに悪いし」
「そんなことない」
Тоняは自分を気遣う優しい妹に感動して、彼女の体をしっかり抱きしめた。Еляは窮屈そうにしたが、逃げようとはしなかった。
「ねえにいに」
「なんだい?」
「にいには、えりゃのお兄さんなの?」
「そう思うかい?」
Еляはうーん、と首をかしげて考える。Тоняはその間何も言わずにじっとしていた。どこかを見るわけでもなく、じっとそこにいた。
「それとね、おうちの中に、ずっと使ってない部屋があるでしょ? あそこはにいにのお部屋なの?」
「そのことも知ってるのか。まいったな……」
ТоняはЕляを膝から降ろし、自分の頬にかかった横髪を避けた。月の光はより弱まってきて、暗めに灯していた部屋の明かりに負けてしまっている。
「Еля、他に聞きたいことはあるのかい?」
「うん、たくさん」
「そうかい。じゃあ全てに答えよう」
Тоняは愛する妹の、小さな顔を手で包んで、自分の頬をぴったりくっつけ合わせて、終いには椅子から降りて、床に膝をつき、Еляを抱きしめ、肩を撫でてから、向かい合って言う。
「全て、Еляの聞きたいことに答えよう。だから何が聞きたいかきちんと考えてきて。次に準備ができたときに、全部の話をしよう」
「うん、分かった」
Еляがハグを返し、頬にキスをする。ТоняもЕляの指の先にキスをした。
「じゃあ今日は寝なさい。もうこんな時間だ」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
Еляは手を振って、寝室に戻っていく。Тоняもパソコンの電源を消し、すぐに支度をしに別の部屋へと向かった。
Comments