「ねえにいに、えりゃが住んでるおうちって、どうなってるの?」 昼食のホットケーキの上にのせたバターが溶けていくのを眺めていたЕляが、急にそんなことを聞いた。 もう一枚のために温めていたフライパンから目を離さないようにしてホットケーキミックスを混ぜていたТоняは、露骨に嫌そうな顔をしたが、Еляのこういう質問は濁してもまた何度も聞かれる羽目になるだろうし、そろそろこれくらいは話していいだろうと考え、結局大人しく答えることにした。 「人間界にはないのさ。Еляをいつも見てくれている人間たちがいるところとは別の場所にあるんだよ」 「それは知ってるもん。どういう仕組みになってるかが知りたいの」 「仕組みか……少し難しい話になるけどいいかい?」 「いいよ」 「まず、結界を張る」 Тоняはフライパンで溶けたバターをくるりと回す。 「けっかい」 「そう。外の世界の、『僕が許可していない生物・物体』が勝手に入ることができないルールがある結界を張るんだ。ついでに住みやすい環境になるように、家を創って、万が一人間が迷い込んだ時のために、周りを木で取り囲む地形に設定した。これは難しいことだから、普通のて……『ひと』にはできない」 「そりゃそう」 「本当に、たったそれだけのことなんだ」 フライパンに生地を流し込む。生地はみるみるうちにふくらみ、Тоняは慣れた手つきでフライパンを返す。 「『それだけ』をすぐできちゃうにいには、本当に人間じゃないってことかあ」 「……それは、そうなるね」
完成したホットケーキを皿に盛りつけ、テーブルに運び、一息つく。Еляはナイフで小さく一口を切り分けて、イチゴのジャムを少しのせて、口に入らなくてまた切っている。 「何か嫌なところでもあったのかい? 家で困ることがあればすぐ変えるけど。たとえば、あの黒い不審者を一生入って来られなくするとか」 「じゃあにいにの代わりにおじさんがごはんを作ってくれるようにするとか」 「僕が悪かった。Еля。追い出さないでくれ」 ようやく口に一切れ入れられたЕляは、新しいホットケーキにはベーコンをのせるように指示し、次の一口を切りはじめる。 「不満はないんだけどね、配信してると、リスナーさんが『えりゃちゃんはどこに住んでるの?』って聞くから、どうなってるか気になっただけだよ」 窓枠が風に揺らされてガタガタ音を立てる。壁に掛けてあった洗濯物がバランスを崩して落ちたが、途中でТоняがキャッチした。 「あのね、Еля。インターネットの知らない人に、住んでいる場所のこととか、詳しく話しすぎちゃダメだからね。たとえどんなに仲が良くても、何かの拍子で悪用されることも……」 「わかってるもん!それぐらいはわかるもん。大丈夫だよ、でもおうちがどうなってるかくらいは話してもいいでしょ?」 「結界になってるってこと?」 「そう」 Тоняは洗濯物を元に戻しながら少し考えたが、かわいい妹(少なくとも、彼はそう思っている)が、大きな瞳でじいっと見てくるので、結局誘惑に負けた。 「……分かった。いいよ、それぐらいなら向こうの人も空想の話だと思ってくれそうだ」 「じゃあ次の配信のときいっぱい話しちゃお~!」 Еляが嬉しそうにホットケーキを頬張るので、Тоняは諦めてフライパンを温めなおすためコンロに火をつけ、明日からもう少しセキュリティを厳しくしておこうと心に誓った。
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