全ての家事を終えたЕляが、Изяがいた窓の前へと戻り、窓をノックすると真っ黒な頭がまた現れた。
「ただいま、おじさん。終わったよ」
「やあЕля。今日もえらいねえ。さて、何の話が聞きたいのかね?」
「昨日のつづき。あと、今日持ってきてくれた本の話とか」
「そうかい。じゃあお嬢様がお気に召しそうなのを探してみようかね」
Изяが窓の下の方で何か探って、数冊本を取り出す。表紙をなぞりながら、二人はしばらく窓越しに談笑した。
Изяは主にこの家へ通う行商で、彼女の喜ぶ品を仕入れては定期的に来る。定期的にとは、ほぼ毎日のことなのだが。Еляはよく彼に人間界の話をねだった。
日が傾き始めたころ、玄関の方で鍵の開く音がした。Изяとのおしゃべりに夢中になってきたЕляが数時間ぶりの兄の帰宅に気付かなかったため、心配性の彼は出迎えがないことに動揺して早足で廊下に入ってきた。
「ああЕля、ここにいたんだね。ただいま」
「おかえりにいに。今おじさんと人間界の本の話をしていたところ」
Тоняは動揺を落ち着けるようにЕляをそうっと抱きしめた。
「そうかい、お昼ごはんは食べたのかい?火傷はしてないかい?」
「それよりね、もうおじさんをおうちに入れていいかな?」
「……そうだね、いいよ」
「じゃあお茶を用意するからお湯を沸かしておいて!」
「……先に手を洗ってくるね」
Тоняは肩を落として洗面所へ向かおうとしたが、Изяがそれを制した。
「そうだТоня、『道』が少し乱れていたよ。僕が通った時は大丈夫だったけど、迷子でも入ったら大変だよ」
「ああ分かったよ。じゃあそっちを先にやるから。お前、帰ってくるまで絶対に家に上がるんじゃないぞ」
Тоняの人差し指が、窓越しに黒い額を叩いた。Изяが大げさに痛がったが、Тоняは振り向きもしない。
「にいに、どこに行くの?」
「すぐそこ。5分で帰ってくるよ」
Еляは首を傾げたが、Тоняに頭を撫でられたため、髪を整えようとくしを取りに部屋に戻った。
Еляが同じ窓の前に戻ってくると、ちょうどТоняの背中が見えた。髪をとかしながら窓に寄りかかって、その後ろ姿を眺める。ずうっと眺めていると、森の入り口あたりでТоняの姿は霧のように薄まって消えていった。
「にいに、何をしに行ったの?」
「ちょっと鍵をかけにね。帰ってくるまで面白い人間界の話をしてあげよう」
「うん、わかった」
一瞬、木々が夕焼けに点滅した。それは風のせいでもなく、日の強い光のせいでもなく、一度に飛び去った鳥のせいでもない。しかしЕляはИзяとのおしゃべりに夢中だったため、そのことには気付かなかった。
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