「さっきえりゃが聞いた、翼やわっかが無いことも、そういうことなの?」
「まあ、大体そんな感じさ。僕たちがいた『天界』は、この人間界が言う『楽園』とか『神の土地』じゃなくて……『世界の創造者とその部下たちのための場所』だったな。」
「……まるで会社みたい」
自分が思っていたことをЕляが呟いたので、Тоняは、一緒に過ごして似てきたのかもしれない、と少し笑った。
「確かにね。実際その通りなんだ。『天界』は人間界を監視して、人間が増えすぎず減りすぎず、ちょうどいいバランスになるように管理するための場所なんだから。それに、物質的なところではないから、『どういう場所だった』と正確に表すことができないんだ。無理矢理表現するとそうだな……『白い空間に、テーブルや資料をいくつも置いて、その周囲で天使たちが仕事をしている』……って感じだろうか」
「むずかしい……書類ってなんの?」
「人間についてや連絡、その他詳しい情報が書かれたもの。実際はそんなもの無くて、ただの魔力塊の移動なんだけどその中に埋められた記憶系の魔法の役割が──」
そこまで言ってЕляの目が徐々に不満を訴える形になってきたのを察してТоняは口が走るのを止めた。
「────てことがあるんだよ」
「ふうん。じゃあ、にいにはそこで働いてたのね」
「働いていた、というよりは、僕たちはそのために生み出されたものだから。その点で言えば、神は上司である前に親でもあるのかな」
Еляは『親』という聞きなれない単語に柔らかい違和感を覚えつつも、思慮深い兄がまた自分の世界に入ろうとしていることを察し、早めに質問を挟むことにした。
「じゃあ、にいにとえりゃたちは『きょうだい』って感じなの?」
「『家族』という意識は無かったかな。どちらかというとやっぱり『仕事仲間』というイメージで……特にЕляと僕は役割が近かったから、余計指示するべき『部下』っていう意識が大きかったね」
「……てことは、おじさんも同じ『仕事仲間』?」
「いや、彼は少し特殊でね……」
Тоняは横髪を少し触り、気まずそうに窓の外を気にする素振りを見せた。空はいつも通りに森を照らしている。
「まず僕の役割は、『天界』にいるほとんど全ての天使と連絡を取り、大体の仕事の進み具合を把握して神に報告したり、あとは人手が足りないところがあったら余った天使を配置したり……簡単に言うと『指揮官』みたいな仕事だね」
「にいに、めっちゃ偉いひとなんだね……」
「いや、天使には能力の高さに違いはあれど、階級の概念は無かったからな……そのイメージでいくと、Еляの仕事を聞くと少しがっかりしちゃうかもな」
「あんまりすごくない?」
「すごくないわけじゃないけど、その『会社』のしくみでいくとЕляは『平社員』になっちゃうからね。毎日『天界』から人間界を監視して、何かあったら直接赴く係だったんだ。天使の中で1番、人数も『入れ替わり』も、多い役割なんだ」
「わあ、重労働だなあ……えりゃはそれで昔頑張ってたのね」
「そう。でもおじさんは全然頑張ってない。彼は無職だからね」
Еляは首を傾げるが、窓の外で空が翳りだしたので、Тоняは咳払いをして言い直した。
「Изяは、『天界』を維持するのに必要な存在なんだ。『天界』は実体は無いとはいえ、存在するためにはリソースとなる魔力が必要だから、その源となるものがなければならない。神もその役割があったけど、神1人だけでは大変だから、Изяのように『存在するだけで魔力を生み出し世界に分け与えることができるもの』が必要なんだ」
「うーん……じゃあおじさんのほうがにいによりえりゃよりもっとすごそうだね」
「いや、そんなことはない、いや、まあ、そうだよね、そうかもしれないね……」
空は雲が通り過ぎて、また晴れを映しはじめた。Еляは自分と2人のの仕事についてなどをらくがき帳にある程度メモして、再び顔を上げる。
「でもこれじゃ、えりゃたちはいち上司といち部下って感じだけど。特別仲良しだったわけでも無さそうだし、なんでにいにが今えりゃと一緒にいるかって理由は、これだけじゃよく分かんない」
「そりゃそうだ。僕もИзяもЕляも、元は単にたまに顔を合わせる同僚程度の関係だったからね」
Тоняは立ち上がってカーテンを閉めた。まだ昼なのに暗くなった部屋の電気をつけて、襟を正して、椅子に座り直した。Еляもなんだか緊張して、背筋を伸ばし直した。
「ここからはちょっと辛い話になるよ。Еляがここに来た、ここに来ざるを得なくなった理由の話だから。それでもいいね?」
Еляは頷く。
ここからどうなろうと、もうあなたの知るところではなく、それは彼女の勝手だから。
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